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「悪い言葉」と「良い言葉」――言霊はなにでできている?

その言葉を聞いた瞬間、なんだか心が温かくなることってありますよね。
反対に、なぜだか胸の奥がざわついたり、ちょっと距離を取りたくなるような言葉もあります。

でも、ふしぎなのは──
自分にとって「うれしい」と感じる言葉を、他の誰かはあまり気に留めていなかったり、
自分には少しキツいと感じる言葉を、別の人は「それくらい普通だよ」と受け取っていたりすること。

同じ言葉なのに、どうして感じ方が違うんだろう?
良い言葉・悪い言葉って、いったい何でできているんでしょう。

そんなことを、ふと考えたくなりました。

目次

「言葉」に宿るなにか

私たちは日々、当たり前のように言葉を使っています。
会話でも、独り言でも、SNSの投稿でも──言葉は常に私たちのそばにある。

でも、その言葉ひとつひとつに、「なにか」が宿っている気がするんです。
たとえば、「ありがとう」や「大丈夫だよ」って言われたとき、
その中に含まれている“やさしさ”や“安心”が、自分の心をじんわりと溶かしてくれるような気がしたり。

逆に、「お前なんか」「どうせ無理だよ」といった言葉は、
体に直接ぶつけられたわけでもないのに、妙にズシンと重くて、痛みすら感じることもあります。

こうした感覚って、単なる気のせいなんでしょうか。

それとも、言葉には目に見えない何かが、本当に“乗っている”んでしょうか。

世界を細かくしていくと…

「この世界は、すべて粒でできている」
そんなふうに言われたら、ちょっと科学の話のように聞こえますよね。

でも、これって実は「量子力学」という分野で語られていること。

モノでも、人でも、土でも、海でも、空気でも、この世界のなんであっても限りなく細かくしていくと、最終的には“粒子”という単位にたどり着くんだそうです。

もっと驚くのは、その粒子は粒でありながら“波”をつくる性質があるということ。
つまり、世界のあらゆるものは、「粒でもあり、波でもある」という、ちょっと不思議な存在だということです。

もし、私たちの体や感情が“波”のようなものでできているのなら、
言葉だって、音の振動として“波”を持っていると考えるのも、それほどおかしくないのかもしれません。

「波」としての言葉

誰かにやさしい言葉をかけられたとき、
その言葉の「音」や「声のトーン」に、なにかやわらかな波が乗っていて、
それが自分の中にすっと入り込んでくるような感覚を覚えたことはないでしょうか。

反対に、同じことを言われているのに、なぜか嫌な感じを受けることもありますよね。

言葉はただの「音」ではなく、
その音の響きや、話す人の想い、そのときの場の空気、などいろんなものを乗せて届いていきます。

まるで、ある種の“波調”がそこにあるかのように。

そしてこの「波」は、不思議な性質を持っていて─
似たような波どうしは、共鳴しあったり、引き寄せあったりするのだそうです。

“引き合う”ということ

たとえば、暗い気分のときには、なぜかネガティブな言葉や出来事が目に入りやすくなる。
逆に、気持ちが前向きなときには、周りの人のあたたかさや優しさに、自然と気づけたりする。

これって、「同じ波動どうしは引き合う」という現象に近い気がするんです。

だからこそ、私たちがどんな言葉を発して、どんな言葉を受け取るかは、
自分自身がどんな“波”を出しているかに、密接につながっているのかもしれません。

もし、言葉が「波」でできているのなら──
良い言葉を使えば、良い波が生まれ、それがまた良い波を呼び込む。
悪い言葉を使えば、重く濁った波が広がり、それに似たものがまた集まってくる。

なんてことは実際にありそうな気がしますよね。

そんなふうに考えると、「言葉って、ほんとうに力を持っているんだなぁ」と、
なんだか改めて感じるのです。

「言霊」って、もしかしたら…

昔から、「言葉には魂が宿る」と言われてきました。
いわゆる“言霊”という考え方です。

スピリチュアルな話に聞こえるかもしれませんが、
ここまでの話を通してふり返ってみると、
言葉には目に見えない“波”があり、その波が周囲に影響を与えるという意味で、
言霊というのはあながち“迷信”とも言い切れないのでは?と、そんな気もしてきます。

科学が証明してくれる日も近いかも知れませんしね。

目に見えないけれど、たしかに感じるもの。
それが、私たちが「良い言葉」や「悪い言葉」を聞いたとき、無意識に感じ分けている“言霊”の影響なのかもしれません。

おわりに

「悪い言葉」と「良い言葉」って、
誰かが決めた定義というよりも、
私たちが“波”として感じ取っている、目に見えない感覚なのかもしれません。

そして、その波は、受け取る側だけでなく、
話す側の心のありようにも、きっと影響されている。

だからこそ、自分がどんな波を出しているのか、
どんな言葉を選んでいるのか──ときどき立ち止まって、
静かに耳を澄ませてみることも、案外大切なことなのかもしれません。

私たちが日々使う「言葉」には、思っている以上に、
世界と心をゆっくりと動かすチカラが宿っているのかもしれませんね。

さて、今回の思索散歩はここまでにしておきましょうかね。

このブログでは、
「よく考えてみたら、〇〇じゃないのかな?」という視点で、
身近なことをゆるやかに思索しています。

今回は「言霊って何でできている?」というテーマで、
ゆるっと考えてみました。

不定期・気まぐれ更新ですが、
またふと思い出したときに、ふらっと立ち寄っていただけたら嬉しいです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ではまた、次の記事でお会いしましょう。

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