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コミュニケーションって、なんだろう?

私たち人間は、毎日当たり前のように「コミュニケーション」をしています。

朝の「おはよう」から始まり、仕事や学校での会話、ちょっとした雑談、メールやSNSでのやり取りまで。気づけば一日の大半は、誰かと「なにか」のやり取りをして過ごしているような気さえします。

だけど、そんな日常の中で、ふと思ったんです。

「そもそも、コミュニケーションってなんだろう?」

あまりにも当たり前すぎて、これまで深く考えることがなかったけれど、よくよく見つめてみると、それはとても不思議な営みのような気がして。

今日はちょっとだけ、その「コミュニケーション」について、ゆるやかに思索を巡らせてみようと思います。

目次

コミュニケーションを取るときは「相手」がいる

当たり前のようで、見落としがちなこと。

それは、コミュニケーションを取るときは必ず「相手」がいるということです。

どんなに雄弁に語れる人でも、どんなに丁寧に言葉を紡ぐ人でも、相手がいなければ成立しません。

話しかける相手、聞いてくれる誰か、受け取ってくれる存在。

それがあるからこそ、「伝える」という行為が意味を持つんですよね。

「伝えたい」という気持ちが生まれるのは、そこに「受け取ってほしい誰か」がいるから。

「聞きたい」という気持ちが生まれるのは、そこに「語ってくれる誰か」がいるから。

こう考えると、コミュニケーションは常に双方向的な営みといえますね。

コミュニケーションで、何をやり取りしているのか?

では、そのコミュニケーションの中で、私たちは一体なにをやり取りしているのでしょうか。

言葉?
表情?
声のトーン?
しぐさ?
文字や絵文字?

もちろん、すべて正解だと思います。でもそれは、コミュニケーションの「手段」にすぎません。

本当にやり取りしているものは何か?と考えたとき、私はこう思うのです。

それは、**「イメージ」**なんじゃないかと。

言葉の奥には、必ず「イメージ」がある

たとえば、友人に「この前、海に行ってきたんだ」と話したとします。

このとき、「海」という言葉から相手はどんな光景を思い浮かべるでしょうか?

青く透き通る南国の海を思い浮かべる人もいれば、
日本海の荒波を連想する人もいるかもしれません。

誰かは家族旅行を思い出し、誰かは映画のワンシーンを思い出すかもしれない。

つまり、同じ「海」という言葉でも、相手が想像するイメージは人それぞれ。

言葉はただの「記号」ではありません。

それは、頭の中のイメージや感情を引き出す「きっかけ」になるものなんですよね。

だからこそ、私たちが言葉をつかって会話をするとき、

その言葉の向こうにある「イメージ」のやり取りを行っているんですね。

イメージのすり合わせが、コミュニケーションの核心

この「イメージのやり取り」の中で重要なのが、イメージのすり合わせです。

自分が伝えたかったことと、相手が受け取ったこと。

このふたつがどれだけ重なっているかが、コミュニケーションの成功を左右します。

たとえば、上司に「この資料、できるだけ早めにお願いね」と言われたとき。
“今日中”と理解する人もいれば、“今すぐ”と受け取る人もいるでしょう。

言葉は同じでも、「早め」に浮かぶイメージが違っていたら、
そこにはちょっとした誤解が生まれてしまいますよね。

だからこそ、私たちはしばしば確認や補足をします。

「つまりこういうことですか?」
「たとえば、こんな状況でしょうか?」

これこそが、イメージをすり合わせる作業なのです。

想像力に語りかけるということ

こうして考えてみると、コミュニケーションとは、

相手の想像力に語りかける行為だと言えるのではないでしょうか。

私たちは、自分の中にあるイメージや感情を、
言葉という「記号」に変換して相手に伝えます。

そして相手はその言葉を受け取り、
再び自分の中で「イメージ」として立ち上げている。

このプロセスには、想像する力が不可欠なんですよね。

ただ情報を投げかけるだけではなく、
相手が「想像できる」ように語りかけること。

それが、豊かなコミュニケーションを生み出す鍵なのだと思います。

大切なのは伝える工夫と、受け取る姿勢

とはいえ、想像力に届くように言葉を選んだからといって、
必ずしも伝わるわけではありません。

むしろ、伝わらないことの方が多いかもしれません。

「そんなつもりじゃなかったのに」
「そういう意味じゃなかったんだけどな」
「どうしてわかってもらえないんだろう」

こんな経験、きっと誰にでもあると思います。

だからこそ大事なのは、伝える側の工夫と受け取る側の姿勢の両方です。

「どう言えば伝わるかな?」と考えること。
「この人は何を感じて、何を伝えようとしているのかな?」と想像すること。

このふたつがようやく重なったとき、
そこに本当のコミュニケーションが生まれるのだと思います。

コミュニケーションの正解は、一つじゃない

では、「正しいコミュニケーションの方法」ってあるのでしょうか?

プレゼンの技術、話し方講座、ロジカルな構成…。
世の中にはたくさんの「伝え方の技術」があります。

それらは確かに役立つものです。

でも私は思うのです。

「正解」はひとつじゃないのではないか。

なぜなら、コミュニケーションは常に「相手ありき」だから。
伝える相手が変われば、必要な伝え方も変わります。
状況が変われば、選ぶ言葉も変わります。

関係性や立場によって、響く距離感も変わる。
とてもマニュアル通りにはいきません。

だからこそ、コミュニケーションは“生きている”営みなのだと思います。

おわりに:伝えることは、つながること

こうしてコミュニケーションについて改めて考えてみると、

私たちはただ言葉を交わしているのではなく、
もっと深いところで、お互いのイメージや感情をつなぎ合わせているのだと感じます。

そのつながりは、時にすれ違い、時に誤解を生む。

でもだからこそ、うまく伝わったときの喜びはとても大きい。

「わかってくれた」
「伝わった」
「通じ合えた」

そんな瞬間は、まるで世界が少しだけ近づいたような、あたたかい感覚をくれます。

言葉だけじゃない。
表情や沈黙、まなざしや間(ま)にも、伝えたいことは詰まっています。

コミュニケーションとは、
“自分の中にあるもの”と“相手の中にあるもの”を、
そっと言葉で手渡しするような、静かな橋渡しなのかもしれません。

今日もまた、誰かと小さなイメージのやり取りをしながら、
私たちは少しずつ、つながりを育てているのかもしれませんね。

最後に

このブログでは、

「よく考えてみたら、〇〇じゃないかな?」という視点で、

身近なことをゆるやかに思索しています。

今回は「コミュニケーションってなんだろう?」というテーマで、

ゆるっと考えてみました。

不定期・気まぐれ更新ですが、

またふと思い出したときに、ふらっと立ち寄っていただけたら嬉しいです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ではまた、次の記事でお会いしましょう。

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